美術制裁

仮想通貨より現代アート!?

「マルセルデュシャン商会」

デュシャンデュシャンデュシャン

美術の本を紐解くととにかくデュシャンなのである。

ちょっと前はウォーホル・ウォーホルだったようにも思う。

個人的には嫌いな部類。

いわゆる吐き気をもよおす作品。

精神病理学者のヤスパースによるとゴッホ作品は模倣不能かつ了解不能性においてきわだっているらしい。

「1912年のケルンにおける展覧会において、ゴッホの驚くべき創作とともに陳列された全ヨーロッパの千編一律なる表現派の作品を見ながら、私は狂人たらんと欲しつつもあまりに健全なこれらの多数者の中で、ゴッホだけが唯一の高邁なる、且つ、自己の意志に反しての”狂人”ではないかとの感じを抱いた。この高級な知的文化の時代において、また我々に固有な明晰さへの意志、誠実さへの義務、それに相当した現実主義の風潮の中にあって 、この解体的な深淵及びこの心的なる意識の真実性を信じ得るのはかくの如き病者においてのみではないか?」カール・ヤスパース著、「ストリンドベリとヴァン・ゴッホ」より

 精神科医の古野拓によるとヤスパースのこうした感覚は「ゴッホ体験」と呼ばれているのだが、*1確かにゴッホ体験には心当たりがある。

カルチャーショックに近い気もするがまた少し違う感じもする。

ユニバーサルな感じ、それでいて「超越的な創造主」とも違う。

生命を根源に置くような感じ、と言ったらいいだろうか?

粘りのある油絵の具で再現された立体的な峻。

その一つ一つが生き物のようにも・・・。

単に模写をするだけなら優しいが、対等等価な別の作品を作ることの困難。

確かに模倣不能である。

でもまあ了解できるところもある。

それにくらべるとデュシャンやウォーホルというのは了解自体がそもそも問題にならないように思う。

ゴッホ体験」にちなんでいうならば「ウォーホル体験」とでも言えようか。

「なんでこれが芸術やねん」といった感覚、不快感、嫌悪感。

まあこういった感覚も「美学・感性学」の重要な研究テーマなのだろうけど、あんまり得心のいくものに巡り合えない。

今日的な視点から言うならば逆さ便器をして泉や噴水になぞらえるより、ぶっ壊れたウォシュレットのほうがよっぽど噴水だろう。

何か根源的な、或いは超越的な何か、わからなさといったもの、それへの応答といったものをポップアート、大衆芸能に求めても無駄なのだろうか。

芸術のエリート主義というのも鼻持ちならないが、ゴシップアートというのもやりきれない。

いまどきのハリウッドの娯楽映画みたいだ。

世の中のでたらめさ、荒唐無稽さ、摩訶不思議を素朴に写し取った「写実」映画。

ひよこ猫

もし等身大のひよこ猫がいたらきっとプロポーズしちゃうだろう。

だってそうしたら俺に似た、ちっちゃいひよこ猫が手に入るんだぜ。

 

あるビルの一室。

熱気を帯びた会場にすし詰めにされた客とサクラ。

壇上で気炎を揚げるスーツの男。

皆さんは非常に、非常に恵まれている。

こんな幸運は人生に一度あるかないか。

今日ここでみなさんにとっておきの品を紹介できる私も本当に幸せ者。

さあ、よく見て聞いて、

この高級羽毛布団。

ただの羽毛布団じゃありませんよ。

1枚1枚職人が手塩にかけて作りこんだ羽毛布団。

どれだけ手がかかっているかといいますと、聞いて驚け、見て涙しろ!

かのイエスキリストの直系の弟子の孫弟子の血を引く生粋の羊飼いが、なんと一頭一頭選りすぐった羊のそれもしっぽの先の毛だけを集めて使用してるんですよ。

それをこれまたなんとあのお釈迦様の直系の子孫の知り合いの子孫の職人が一品一品丁寧に仕上げた羽毛布団。

まるで既製品みたいな仕上がり。信じられないでしょう。サクラがどよめき、みんなつられる。

この既製品みたいな一品物の超高級羽毛布団がなんと三枚一組で百四十九万八千円‼

しかも裏返し‼

地上にこれ以上のお買い得品は絶対にない。

断言する。

買え‼

 

世界が一室のセミナー会場であったとしたら・・・。

マルセール・デュシャンⅢ世より 愛をこめて

デュシャン デュシャ~ン 蟻 

 

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*1:「美のポリティクス」収蔵第五章より